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2012年12月27日22:49大船玉縄界隈・歴史散歩(天嶽院)

いよいよ最後の訪問場所



功徳山早雲禅寺 天嶽院です



どんなところにあるのでしょう 壁にかかっていた航空写真



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この住宅地の真ん中にある五角形が天嶽院です 貴重な緑です



きっと昔は山野だったのでしょうが 今は住宅地に囲まれています 



左側にスーパーのオリンピックがあります



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山門です



何度も火事にあいお寺は燃えてしまいましたが この茅葺の山門だけが残りました



水戸公建立と伝えられています



お寺の玄関に箒をもった小増さんが出迎えてくれました



298695c9.jpg



お坊さんに案内され 本堂へ



お座りくださいと



えっ 法事みたい



代表者が焼香します



なんと 配られたのは「般若心経」



4f7beb6b.jpg



お坊さんと一緒に 般若心経を唱えます めずらしい体験です



「まかはんにゃはーらーみーだー・・・・・・」



お経のあと お寺の中をご案内していただきます



大きいお寺で 修行道場のような雰囲気



相模風土記にこの天嶽院の絵が描かれています



4b53c7e8.jpg



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天嶽院の歴史



1495年(明応4年)北条早雲により曹洞宗禅寺として開創



1576年伽藍焼失



玉縄城主父子 北条綱成 氏繁により早雲公菩提のために再興



紀州公のために七堂伽藍建立(上記の相模風土記のもの)



1855年(安政2年) 火災で水戸公建立の山門を除き すべて焼失



昭和51年伽藍再建を始め 平成10年 20年の歳月を費やして全伽藍を恢興する



安政罹災以前より現存するもの



[E:one]本尊 千手千眼観世音菩薩(1574年)



[E:two]旧梵鐘(1774年) 銘文の中に「湘中勝処」の文字があったため この時代にすでに湘中の文字があり貴重な文献だとの理由で 第2次世界大戦下の供出を免ぜられた



[E:three]山門 水戸公建立



中雀門より法堂をのぞむ



1272b0d0.jpg



池越しに鶴夢楼をのぞむ



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僧堂では座禅ができるようになっています 



奥に見える魚板(ぎょばん)下の太鼓の奥に 供出を免れた梵鐘が置いてあります



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ここではお坊さんが座禅の座り方を見せてくれました



上がりかまちは食事をのせるところなので 足をかけてはいけない など



毎月2回座禅会があり 初めての人も参加できるようです



見学が終わり お坊さんが見送ってくれます



「大みそかには鐘をつきに来てください お札(おふだ)やおしるこ差し上げますよ」



なんだか お寺さんがすごく身近に感じられたことでした 初めての体験です



1681a472.jpg



左の不動尊をおがんで 山門に向かいます



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この辺りはもみじの名所



2週間前だったら最高だったようです



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のこりもみじと山門



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天嶽院とおわかれです 97b7eea8.jpg



渡内のバス停にむかいます あれ教会が見える



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渡内のバス停から大船駅に帰ります



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これで 大船玉縄界隈・歴史散歩 おしまい



長らくお付き合いいただいて



ありがとうございました



今回 解説書き&地図作成担当補佐だったので お勉強して詳しくなってしまいました



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