4日江の島へ行ってきました
途中の道はどこも渋滞です どこから車がわいてくるのでしょう 久しぶりの渋滞!
3月史跡巡りの昼食場所の下見も兼ねていましたが そのお店はもうオーダーストップの時間で 食事はできませんでした 残念
1階の感じは釣り舟屋さんで 食堂はどこに?という感じでした 2階や3階が食べるところなのかな?
聞きましたら 20人もが予約できるかどうかは 近くにならないとわからない ということでしたね
少なくとも3月31日まではシラスは禁漁なので 生シラスは食べられそうもありません
腰越漁港の前でした
海岸の風景です
風が強くて波が大きいので サーファーにはいい波でしょう
たくさんの人が寒い中海にいました ブルブルッ
東の空から上空にかけて 不気味な黒い雲が
で 江の島に向かいますが 渋滞です
特に橋の上ではほとんど動きません
人道は人がいっぱい行き交っています
この渋滞の原因は駐車場待ち行列にあるのですが わかっていても反対車線を走るわけにはいかず お付き合いです
江の島には3か所くらいの駐車場があるのですが なぜか一番手前の駐車場に行列ができ そのうしろにずーっと渋滞ができるのです
私たちはいつも奥の県営駐車場に入れますので こんな渋滞につきあうのは本当にごめんです
やっと 島に入ると やはり思った通り 一番手前の駐車場待ちの行列でした
やっと 渋滞(行列)を抜け 右側に出られました
県営は全然すいています みんなもっと奥にすいている駐車場があるのを 知らないのでしょうか 690円で1日OKです えっ 遠いって (たしかに5分くらい遠い)
奥の駐車場の人も宣伝して奥に行かせれば 橋の渋滞がなくなるのに・・・・・
聖天島で写真を撮っていると じきに夕焼けになりました
かわったものを見つけました
昭和39年オリンピックの時の聖火台です
よーく見ると五輪のマークが下のほうに見えます もう48年前になりますか
ここでもヨットなどの競技が行われたのですね
その後倉庫の床に転がされていたそうですが 神奈川夢国体でまた江の島がヨット会場になり そのとき ここに建てられたそうです
なんだか こうのとりの巣に似てるなー・・・・
でもそんなに高さはないです 2~3メートルでしょうか
近くにこんなものも
かわいいハートマーク 思わずニコッと
聖天島について
昔は2つの岩からなっていた小さな島で江の島とはつながっていませんでした
1923年(大正12年 )関東大震災のとき 隆起して 江の島とつながったそうです
碑がありました
碑の中の写真 下が昔の江の島 左に小さい岩が見えますが ここが聖天島です
昭和39年の東京オリンピックのとき ヨットハーバーを作るため埋め立てられ 今の姿になりました いまでも 昔 島だった当時の岩が残っています
聖天島の名前は 岩の形が仏教守護神の一つ歓喜天に似ていることからつけられたようです 歓喜天は聖天ともいわれるそうです―――えっ歓喜!FREUDE(フロイデ)の神様に似ていたということ?フキンシンです―――
また 1202年(建仁2年)僧 良真が千日間の修行満願の夜 天女が現れ「お告げ」があったとの伝承があります
今も残る社の中に良真上人の像が安置されています
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